第23回・・・「ヌーベル・クイジーヌ・エピソード1」
(その2)


「FNS1億2千万人のクイズ王決定戦」の予選参加者募集CMを見たのは、高校生クイズの興奮さめやらぬ夏の終わり頃だったろうか。それを見た時、僕は何となく「呼ばれている」ような気がした。「本選に出られる」だけではなく、「勝てる」という気にさえなっていた。

そんな気持ちになった理由は、その番組がフジテレビだからというのが大きかった。今からは到底考えられない話だが、当時のフジテレビは視聴率のトップを独走し、ドラマもバラエティも深夜番組も非常に面白かったのである(そもそも予選の告知CMも、録画していた深夜番組の合間に見つけたと記憶している)。
TBSの「史上最強のクイズ王決定戦」がすでに放送されていたが、そちらは予選の告知を見たことが無かったし、そもそも勝てる気はしなかった。それに対抗すべく、あのフジテレビが立ち上げる番組である。きっと僕でもわかる、いやむしろ僕が有利になるような面白い問題が多く出るんじゃないか、そんな期待があった。

これが僕の予選応募理由の1つである。そして、もう1つ大きな理由があった。これは、あまり人に話したことがないのだが・・・。まあ、僕にも「憧れの人」ってのがいたんです。本選に行けばその人に逢えるだろうというのがその理由でした。

そんなこんなで予選を受けにフジテレビへ。僕の期待通りの面白い問題も多く、また、それまでにクイズ番組を長年見て吸収した知識も発揮でき、無事に本選に進出することができた。
この本選出場は僕にとって貴重な経験となった。それはクイズ自体の話ではない。

本選出場者の大半は大学生か社会人。当時アルバイトをしていなかった僕にとって、それは初めて触れる「大人」の世界だった。
クイズに限らずどんな部活でも、高校生は「高校生大会」で競い合うのが普通だが、この時のクイズには「オールジャパン」があり、そこに参加することができたのは本当に幸せなことだった。

僕はそうした大人達の「仲間」になるつもりはなかった。なぜなら優勝するつもりだったから。また、人見知りの激しい僕には、そもそも「仲間」になることができなかった。だから控え室の僕は、ほとんど口を開かなかった。その結果、彼らは僕の「敵」であり、「観察対象」であり続けた。例の「憧れの人」も含めて。

長い長い待ち時間に、クイズ以外の彼らの姿を見た。特に印象深いのは、一昔前のクイズマニアの皆さんだった(この回のみ、そうした人達を「シード」として呼んでいた)。小さい頃からTVで見ていた年配の方々の会話を聞きながら、彼らは「クイズマニア」以前に一人の「社会人」であり「主婦」なんだということを強く感じることができた。
その一方で、「クイズを取ったら何も残らないな」思える参加者も少なからずいたのも事実だった(これは「社会人」か「大学生」かという単純な線引きではない)。以後、後者の割合が増えていくのだが・・・。

控え室にいる大人達は全て、将来の僕の姿に見えた。実際の自分がどの姿を選ぶべきか、その答はクイズより簡単だった。

結果的に僕は準決勝で敗退した。ここで残り10人に入ったことで、クイズに対する自信は確信に変わった。
放送は収録の3日後、参加者同士で「2ケタいきますかねぇ」と心配していた視聴率も20%を超え、早々と「第2回」の開催が決まった。まだ、この手のクイズ番組が「鑑賞に耐えられるキワモノ」とみなされる時代だったのだろう。それよりも、この番組の成功は司会の故・逸見政孝さんの力だという僕の評価は今も変わらない。

放送後の周囲の反応は、非常に好意的だった。友達はもちろん、先生や他のクラスの人もほとんどが素直に健闘をたたえてくれた。それがもの凄くうれしかった。
この時から僕は、本格的に「クイズの勉強」を始めることになる。

(つづく)

 

 

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