このホームページのクイズの解説などを読むと、私のことを全く知らない人や少ししか知らない人は驚くかも知れない。中には「何を急に偉そうに」と思っている方もいるだろう。しかし、私のことをよく知っている人は「いつも通りのことを主張しているな」と思っているはずだ。この差はどこから生まれているのか。それは、「秋元雅史のクイズ年鑑’93」という冊子を持っているかどうかの差である。
この冊子は私が大学1年だった1993年度に作った問題を500問集め、ほぼサークル内のみで配ったものであった。解答にできるだけ解説をつけるという、このホームページの前身のような内容であった。そしてその中には、余ったスペースを埋めるために書いた7つのコラムもあった。
ウルトラがなくなり、FNSが最終回を迎えたこの年の、私のクイズに対する思いを正直に書いたこのコラムは、その内容からサークル内に少なからず衝撃を与えたようだった。中には身内を攻撃するかのように思える記述もあるが、全てはクイズを愛する気持ちを素直にぶつけた結果であり、それを理解してもらったのか、その後サークルに居にくくなるということはなかった。
最近、引越しをした。その準備中この冊子を久々に読み、基本的な考え方は当時のコラムと変わっていないということに気づいた。そして、解説などで断片的にスタンスを明らかにしているが、それらをきちんと理解してもらうためにも、このコラムをホームページに掲載する必要があるのでは、と考えた。以下に原文のまま紹介する。言葉が足りない部分も多いので、それぞれには99年における補足をつける。
これを原文のまま掲載することには、ためらいがある。身内以外も攻撃するかのように思える記述が多々あるからだ。しかし、繰り返すが全てはクイズを愛する気持ちを素直にぶつけた結果なのだ。それを理解して頂いた上で、じっくりと読んで欲しい。
「1989年・第13回ウルトラクイズ・第1回史上最強のクイズ王決定戦。そして翌1990年・第1回FNS1億2000万人のクイズ王決定戦。これ以降、視聴者参加のクイズがブームとなった。」というのが、一般的な見方のようである。しかし、僕はそう思わない。これらは純粋な「視聴者」が優勝する(できる)番組ではないからである。かつての「視聴者参加クイズ」において、クイズは賞品や賞金を得る手段であったのに対し、「クイズ王」の称号をかけて戦う上記のクイズではクイズ自体が目的になってしまった。クイズを目的とする人は、ごく少数の特殊な人間なのである。
(補足)私は物心ついた時からクイズ番組が好きだった。その頃こそが「視聴者参加クイズ」の全盛期だった。だから、89年以降クイズに目覚めた人たちとは、クイズの捉え方に決定的な差があると思う。どちらが正しいという問題ではないが、89年以降失われた「クイズの面白さ」を伝えたいという思いが、私のクイズや解説には込められている。
高3の時に見た「第16回ウルトラクイズ」。毎年のことだが興奮して見ていた。そして、「東大2連覇」を自分の手で成し遂げるという目標を持って受験に向かっていった。しかし、僕の周囲から「ウルトラクイズがつまらなくなった」という声が予想以上に聞こえてきた。事実、視聴率も良くなかった。
「つまらない」という理由は、どうやら「クイズ研究会」にあるようであった。一般の視聴者がクイズを通して旅をするクイズ番組が、アメリカを舞台にした「クイズ王決定戦」になってしまったような印象を与えているのが、「クイ研」の存在なのである。この「クイ研」を前面に出してしまったのが「第13回ウルトラ」であり、その優勝者である長戸さんが書いた「クイズは創造力」であった。
特に「創造力」に関しては、僕は否定的だ。この本以後、クイズをする人(=クイ研)と見る人がはっきり分かれてしまったような気がするのである。さらに、クイズに勝つための作戦(通過クイズなら、相手が通過席に立ったら分からなくても押しにいく、アタックではパネルを有利に取るためにわざと知っている問題をスルーする、など)が、その後のクイズ形式やクイズ番組を潰していったように思うのである。
僕は長戸さんを批判したいのではない。「クイ研」があちこちにできた以上、いつかは「第13回」のような年が来たのだし、誰かが長戸さんのようになりえたのである。しかしカリスマ的存在の彼だからこそ、もっとクイズというものを大きく捉え、本当に誰もが挑戦できて楽しめるクイズを広めるような方向に立って欲しかったのである。
(補足)私は「FNS」に高校の時から出場していたが、「クイ研」ではなかった。(だから、「ウルトラがつまらない」という声も自然に耳に入ってきた。)しかし、クイズ好きの仲間とクイズを楽しんでいた。
そうした経験も踏まえ、今でも「クイズを楽しむこと=クイ研に入るorクイ研を作ること」「クイズを楽しむこと=クイズに勝つこと」という考えには違和感を持ち続けている。ただ、クイ研に居ないとクイズに触れる機会は無いに等しい。そうした人のためにも、定期的に良質の新作をこのページで発表したいと思っている。
こうして自身の問題を並べてみると、その偏りに反省してしまう。野球関係や語源や「○○科」といったものがあまりにも目につく。こうした偏りは、個人の問題を集めたものだから大目に見ていただきたい。大きな大会の予選問題ではないのだから・・・と思ったら、今年のマンオブや「ザ・プレ」は個人あるいはごく少数により作られた問題だった。個人による偏った問題が、実力を反映したものになりえるのだろうか?
まあ「ザ・プレ」に関してはNOだろう。本選の3択で「新聞記者の隠語」を平気で問題にするのだから。(この場合は勝たせたい人向きの偏りだ)
(補足)我ながら誤解を招く文章だ。ここで私が言いたいのは、クイズの絶対的な「実力」を測ることは不可能だ、ということである。ある程度までは「クイズに強くなる」ということはできるが、それ以上の部分は問題次第で変動する、だからこそ「史上最強」を演出することも可能である(その演出を批判する気は全く無い)。それを見抜けずに、「最強」になろうとするのはいかがなものか、というメッセージだったのである。
しかし、現在のクイズ界(そんなものは社会的には存在しませんが)は皆が「頂点」を目指しているらしい。人それぞれだから、それを止めることはできないが、その「頂点」に立とうとするあまり、「底辺」を削り競争相手を減らしているのなら大問題だ。
「クイズ王決定戦」的クイズ番組がひとまず衰退した今、これからの視聴者参加クイズがどのようなものになるべきかを考えてみたい。まず、「アップダウン」のような古き良きクイズ番組の復活(これを望む声は高いらしい)は不可能だと断言する。繰り返しになるが、クイズを手段とした番組が仮に復活しても、クイズを目的とする人達によって潰されてしまうだろうからだ。視聴者を無視した早押し合戦はすでに飽きられているし、早押しの要素をうまく取り除いた「サクセス」でさえ、「クイ研」の恰好の餌食となっているのが現状だ。
僕はひそかに、この「サクセス」が次の視聴者参加クイズの流れを示しているように思っていた。「サクセス」は、その前身である「早くいッてよ」の「誰にでも参加でき、楽しめる」という感覚を、古典的なクイズ形式にうまく融合させた番組である(問題の質も馬鹿にできない。僕がFNSで答えた「鈴木啓示」は、この番組で知ったのだから)。この「誰にも参加できそうな」印象を与えることを忘れずに、もっと良いクイズ番組を作ることが視聴者参加クイズの生き残る道だろう。
近年のクイズブーム(正確にはクイ研ブームだと思うが)はクイズを専門的にやる人を増やした一方で、挑戦者の気分でクイズ番組を楽しむ人を大幅に減らしてしまった。そういう人達にもう一度、クイズ番組を楽しませてあげることが大切なのではないか?それが実現すれば、「クイズ王決定戦」的番組も自然の成り行きで再び現われると思うのだが・・・。
(補足)「サクセス」は関東ローカルだったろうか?関根勤とルー大柴司会で「アタック」の裏でやっていた、フジテレビのクイズ番組である。内容的には補足はいらないと思う。付け加えるなら、「ウルトラ」の復活が何かのきっかけになることを祈っているということだ。
最近は、クイズ研究会の例会で企画や問題を作成することも多くなった。企画はともかく、問題作りに関しては、制約を加えている。
まず、「誰かが答えられる問題」を前提にしている。出題をしていて問題がスルーになると、流れが止まり、悪いことをしているような気になるのである。そのため、難問を差し替えたり、ベタに収束させたりした問題が増えていく。
さらに、「答える人が偏らない問題」にしなければ、と思ってしまう。答える人達を想定して、それぞれが得意とする分野(かなり狭い分野)の問題を作るのである。これは、答える人の数が限られてしまうと、企画としてつまらないと考えたうえでのことである。
こうして例会で披露される僕の問題は、僕の持つ情報や知識のうちのごく狭い範囲にとどまる。冷静に考えると、かねがね嫌っていたクイ研の「悪循環」に自ら陥っているような気が、最近してきた。「悪循環」とは、クイズという範疇の中で、問題がどんどん狭く、深いものになっていき、一般の常識や知識からの乖離を続けることである。例えば「源氏物語」の巻名に関する問題。「桐壺」、「夢浮橋」が「帚木」、「空蝉」、「宇治十帖」になり、「若菜」、「雲隠」になる。一見、知識を増やしているようだが、「クイズによく出る」分野の中で、「○番」、「唯一」といった「クイズによく出る」パターンの問題を作っているだけで、一覧表の類を見ればできる(僕も「漢字1文字」というパターンで作っている)。
その一方で、洋楽というかなり広いジャンルの問題はほとんど出されない。仮に僕が作っても例会に出すのは控える。ところが、「グラミー賞」という範疇になると、よくクイズに出るため多くの人が受賞者を記憶する。ここに広がりはない。
クイズは一般の常識、知識を内に含めながら、それ以上の広がりを持つ可能性が充分にある。それを自ら拒否しているような気になってきた。これからは少し傾向を変えようと思う。石川達三の「蒼氓」より一般に知られているものなら、恐れることなく例会でも披露するのでそのつもりで。
(補足)サークルの活動の中心がオープンに移ってからこの「悪循環」はますます深まっていったように思う。それはクイズの限界ではなく、オープンの限界なのだ。だから、私はオープンを開く気もないし、基本的にオープンには出ない。
前のコラムとも関連することだが、僕は問題を作る人と答える人を完全に分けるべきだと思っている。そして、作る側と答える側のせめぎ合いが必要であると考えている。予期せぬ範囲、パターンからの問題を出し、答える側がそれらへの対応をするようになれば、また異なった質の問題を作る。その繰り返しがあればクイズは面白いのではないか(この点で、僕は「マジカル頭脳パワー!!」を評価している)。
初期のFNSはそれができていた。第1回では、(ベタも多かったが)クイズ界の常識を破った問題が次々と出され、シードされた過去のクイズ王たちが早々と散っていった。
しかしそれ以後、目新しい問題は「FNS問題」とされ、一種の定番となった。挑戦者は、予選前の一定期間で情報を収集し予想を立てることで、それらに対応できることを知った。こうして「FNSの常連」が生まれ、ベタの量と付け焼き刃の情報量だけを持つクイズオタクが予選を突破できるようになった。これらの顔は視聴者を遠ざけるのに充分だったろう。
常連の一人になっていた自分にとって複雑ではあるが、僕自身にもFNSの終わりを早めた要因があるような気がしてならない。常連を落とすような問題を出してくれた方が新鮮味のある番組を続けていけたのではないか。それとも、常連の出演を視聴者として楽しむ番組の方が良かったのだろうか・・・。
(補足)「マジカル」を評価したのは、マジカルバナナ以前まで。今は全然ダメ。FNSについては、私は受験のため2回(第5・6回)予選を受けず、完全に視聴者として番組を見たが、その時に「近いうちに終わるな」と思った。とにかく、番組としてつまらなかったのだ。その頃予選上位に入っていた人達が、「FNSのために時事を覚えていたのは無駄だった」などと現在言っているのを聞くと、「それじゃ、出なきゃよかったのに」と思う。悲しい。
クイズ研究会に入るのをためらった時期があった。高校時代(テニス部だった)にも何度かテレビに出ていたが、その時に感じたクイ研の一種の「なれ合い」的な雰囲気が嫌いだったのである。また、クイズ=クイ研ではない、という気持ちも強かったのも事実だった。しかし、こうしたクイ研に染まっていないクイズプレイヤーの考えをクイ研の内部で生かしていった方が良いと思い、僕はクイ研入りを決めた。今まで生意気なことをコラムで書いたのもそのためである。
ただし、僕の考えに全てを従わせようなどとは少しも思っていない。これは1つの方向性にすぎない。そして、一人一人が自分なりの方向性を問題や企画の中に含むことによってクイ研が良いものになるのが理想である。
僕自身に関して言えば、大学の4年間は、クイ研をより良いものにすることに尽力したい。しかし、卒業後はクイズにはしがみつきたくない。クイズを逃げ場にはしたくない。クイ研にも来ないだろうし、クイ研がどのようになっても構わない。ただ、クイズによって堕落する人間を生み出す場にだけはなってほしくない。
(補足)少しは私のスタンスを理解してもらえただろうか。クイズ研究会に関しては、次回の定例会見で書くつもりです。